朝日新聞「私の視点」2008年1月31日掲載
捕鯨問題の袋小路を打開するための国際会議が30~31日、東京で開かれている。米英仏豪伊などの政府やNGOからの「外圧」と、それへの反発で捕鯨を論ずるのはそろそろ卒業して、日本人自身の手で問題を解決する時期だ。
この冬、日本の調査捕鯨が国際政治の表舞台に上がり、南極海がいつになく騒がしい。しかし、シーシェパードのような暴力的な抗議は、日本人の反感を買うだけで、むしろ国内での問題解決を遅らせてしまう。
問題の本質は、南極海という公海、しかも商業捕鯨禁止を決めたサンクチュアリ(鯨類保護区)であり、環境保全をうたった南極条約の対象となる海域で、国際社会の大きな批判・非難を浴びながら国庫補助による調査捕鯨を続けることが、本当に日本の国益にかなうのかだ。つまり本来、厳しい論議は私たち日本の納税者・有権者と日本政府とのあいだで戦わさなければならないのである。
調査捕鯨をめぐっては疑問が多すぎて、ここでは書ききれない。日本政府がいかに合法性を強調しても、国際捕鯨取締条約の抜け穴を利用した擬似商業捕鯨であるとの見方は消えないし、年間1900万トン(国内消費量の約3分の1)の食料を廃棄している国が、世界で一国だけ公海で野生哺乳類を年間1千頭以上(調査捕鯨開始以来、通算1万頭以上)大量捕殺し続ける説得力は弱い。
現在の自然科学で、野生動物の調査に致死的な方法を用いるのは必要不可欠の場合に限られる。同条約でも当初、科学調査のための捕獲は一国せいぜい年間10頭以下と想定されていた。 櫓船と網と銛を使った伝統捕鯨では、鯨肉の流通は地域的に限られていた。明治時代に動力船と捕鯨砲によるノルウェー方式の近代捕鯨が導入されるとき、多くの漁民は沖の神であり、魚を岸に追い込んでくれるクジラを見境なく殺すことに反対した。鯨肉食は日露戦争以降の軍用缶詰で国民に広がり、いま年配者が懐かしむのは、戦後の食糧難を救った鯨肉の味だ。はるばる南極海まで出かけて、捕鯨船で撃ち殺したクジラを洋上工場のような母船へ運び、流れ作業で解体・冷凍加工する捕鯨が、日本の「伝統文化」だろうか。
調査捕鯨には毎年、私たちの税金が5億円使われている。そして国際捕鯨委員会で捕鯨支持を取りつけるための集票策には、1994年以後だけでも980億円近くの水産ODAのうち相当部分が充てられてきた。にもかかわらず、調査捕鯨の見直しを求める国際世論は広がる一方で、日本政府がめざす商業捕鯨の再開はまったく見通しが立たない。政策の失敗だ。 今季の調査捕鯨が始まるころに南太平洋を歴訪中だった日本の民間国際交流船は、行く先々で捕鯨を理由に寄港が危ぶまれる風当たりを受けたという。温暖化対策の正念場である今年は、北海道洞爺湖サミットなどで日本の環境重視の姿勢は欠かせない。株価が急落する経済界にとっても、国際関係は死活問題だ。
私が最も憂慮するのは、捕鯨問題が靖国参拝のようなナショナリズムに彩られ、政府をチェックすべき国会議員もメディアも、自己正当化に終始する水産庁側の主張を鵜呑みにしがちなことだ。南極海の捕鯨船団を監視するグリーンピースの船に乗り組んで、自前の報道を続けた英国BBCの現場主義は参考になるだろう。官製情報に頼った国策支持は危うい。
調査捕鯨は、日本外交に刺さったトゲである以上に、日本の民主主義の試金石だ。
(ほしかわ・じゅん 国際環境NGOグリーンピース・ジャパン事務局長、作家・翻訳家)