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捕鯨オリンピック

戦後間もない時期には、世界最大の動物シロナガスクジラの重量にして、約16,000頭までであれば早い者勝ちで捕獲してよいというルールがありました。

つまり、小さなクジラを捕獲するよりは、大きなシロナガスクジラやナガスクジラをとったほうがクジラから油をとるのに効率が良いため、各国が先を争って大きなクジラを捕獲したのです。この方式は通称「捕鯨オリンピック方式」と呼ばれ、これが結果的に南極海のクジラを激減させてしまったのです。

下のグラフを見ても、いかに大きなクジラを獲りつくしてから、次に大きいクジラを捕獲していったかが良くわかります。



( 捕鯨統計などからグリーンピース・ジャパンが作成)
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クジラ肉給食と乱獲

この捕鯨オリンピックで他国に勝つことが敗戦で自信を失った日本人にとって、「捕鯨ではがんばれる」という自信を与えてくれたのです。また、クジラの肉を給食などで食べることによってその勝利の充実感を身近に感じていました。しかし、それが結果的にクジラの乱獲に手を貸してしまったことはあまり知られていません。

「あのオリンピック捕鯨はやり過ぎたと思う。獲れて母船が処理できずに捨てたこともある。肉もいいところだけとってあとは海にすてたものだ。(昭和)30年代の前半までは南氷洋のどこへ行ってもクジラが群れていたが、後半になると鯨の数がめっきり減ってしまった。キャッチャー(捕鯨船のこと)で何日間走っても鯨に行き会わない。海水ばかりだった。」
(和歌山県太地町出身の砲手の話「捕鯨II」 山下渉登 法政大学出版)

その後、南極海の商業捕鯨は1986年まで続くことになりますが、その間にシロナガスクジラやナガスクジラなどクジラの種類ごとに次々と捕獲が禁止され、結局多くの国々が南極での捕鯨から退いていきました。商業捕鯨最後の年には、日本が南極海で捕鯨をしている唯一の国だったのです。